いつかあなたに逢いたい

2015年12月に6年付き合っていた最愛の彼を喪いました。
正直どう生きていったら良いのかわからないまま・・・今を過ごしています。

あの時までだった


私が彼との未来を思い描けたのは、思えばあの日までだった。
2015年12月1日。
この日から合併症は出ていたけれど、程度はそんなにひどくなかったから。
彼がうわごとながらもはっきり言葉を喋っていたのもこの日まで。
あの時私は、どうか合併症がこれ以上ひどくなりませんように・・と祈ることしかできなかった。
その願いは無残にも打ち砕かれてしまうのだけれど。


”このままだと彼にはまた、新たな障害が残るな”
”支えていかなくちゃ、私が。これからどうするのか、きちんと考えなくちゃ”
”結婚は来年か、再来年って言ってたけどちょっと厳しいかな”
”私は・・彼を支えられるのだろうか”
この時は、こんな思いもぐるぐるしていた。


今、思い返すと本当にひどいと思う。
彼の心配、というより自分の心配をしていた。
最低だ。
こんなことを思っていたから、彼は私のところにはいられないと思って逝ってしまったのだろうか。
”どんなことがあっても私がいるから!”
そう思っていたら、彼はこちらに残ってくれたのだろうか。
今でも時々そう考えることがある。


未来を考えることができる。
それができるだけでも幸せだったんだ。
私はもう、それさえ絶たれてしまったから。

あの時どうして気づかなかった


この日のことで、以前書いたこと以外にもう一つ印象に残ったことがある。
彼の傍にいた時、彼が突然全身を震わせたのだ。
わずか3秒ほどだったけれど。
『外傷による痙攣だ!マジか・・』と思ってしばし呆然としていた。
そばにいた看護師さんは「痙攣とかじゃないと思うんですけど・・」と言っていたが、いや、どうみても痙攣だろ!と一人でツッコんでいた。


脳が損傷を受けると、その影響でてんかん発作のようなものが起きることがある。
慢性化することも決して少なくない。
この時思ったのが『あぁ、もし後遺症で慢性のてんかんになってしまったらどうしよう。車の運転ができなくなるな~。地元は車必須だからどうするかな~』だった。
彼のこれからの生き方を心配していた。
そう、生き方。
彼はこれからも生きていけると、そう思っていた。
前日、言葉を交わせたのもあって油断していた。


今から思うと何てチンケな悩みだろうと思う。
もしてんかん発作が慢性化したのであれば、それ相応の対策を講じればいい。
不便かもしれないけど、やり方はいくらでもあるはずだ。
彼がいないことに比べたら、そんなことどうでもいいほどの悩みだ。


・・もしかしたら、あの痙攣がこれから起きる合併症の前触れの症状だったのかもしれない。いや、きっとそうだった。
何でそのことにあの時気づかなかったのだろう。
気づいていれば、もっと傍にいた。時間を作った。
馬鹿だね、本当に馬鹿。
ここ数日、あの時のことを振り返って自分の愚鈍さに呆れるばかり。


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〇〇、こんなこと言っちゃいけないってわかってるけど、あなたに生きていてほしかったよ。ねぇ戻ってきてよ。
会いたいよ、本当に会いたい。
あなたの笑顔をまた見たいんだよ。


・・・今日の記事は支離滅裂だ。

最期の会話


入院2日目。
この日が彼と会話できた最期の日だ。
「ごめんな、ナナドゴブ。頑張って治すから。手握って。」
これが私が聞いた、私に向けての最期の言葉。
彼は私と生きようとしてくれてと思う。
だからこそ、悔しい。
彼は・・どれだけの無念があっただろう、と。
生きて生きて、もっとやりたいことだってあったに違いない。
私は彼の最期の言葉を思い出すたび、そんなことを思って胸が苦しくなる。


たった6日間の入院生活の中で、私はこの日に対して一番後悔している。
何でもっと話しておかなかった、と。
私に話しかけてきてくれた彼の声は、いつもの声と同じだった。
だから安心してしまったんだ。
彼ならきっと治る、と。私の前日の予感はやっぱり的外れだったんだと。
これからも話せる、大丈夫、無理させちゃいけない。
そう思って休みの日なのに、そんなに長い時間面会しなかった。
結果的にそれが間違っていた。
馬鹿で間抜けな私。
この日はまだ、合併症が出ていなかった。
だからあんなに話せたんだ。
合併症があんなに早く出るとわかっていたら、もっと話しておくんだった。
後悔してもしきれない。あの日に時間が巻き戻せるなら戻したい。


そしてこの日、私が彼の名前を呼んだか正直覚えていない。
これが最大の後悔だ。
もちろん危篤状態になってからは何度も呼んだけど、彼の意識がはっきりしている時に呼ぶべきだったんだ。彼の記憶に残るように。
彼は私の名前を呼んでくれたのに。
本当に彼に何にもしてあげられてなかったんだな!自分は!!


あの時私の名前を呼んでくれた彼の声、イントネーション、今でもはっきり思い出せる。
これだけは、本当に忘れちゃいけないと思う。