いつかあなたに逢いたい

2015年12月に6年付き合っていた最愛の彼を喪いました。
正直どう生きていったら良いのかわからないまま・・・今を過ごしています。

お彼岸のお墓参り(1)

9月24日。彼のお墓参りに行った。
ゆっくり時間をとって。
彼の好きな和菓子屋で、おはぎも買っていった。


お墓参りにきたのは彼の誕生日以来。
半月ちょっとしか経っていないけれど、話すことはたくさんあった。
簡単に掃除をして、お供えをして、線香をつけて彼に報告。
相変わらず返事はなかったけれど、届いていると信じたい。


そういえば・・今思えばこれはサインじゃないか、と思うものはあった。
その日は雨が降っていたのに、彼のお墓参りをしている時だけは雨もあがり、陽もさしていた。おかげでゆっくり彼と語らうことができた。
お供えをした後どこからともなく黒の蝶(多分、黒アゲハ?)が飛んできて、ヒラヒラと私の身体のまわりを舞っていた。
なんとなく動けずにいたら、私の周りを最後に1周してどこかに飛んでいった。
振り返ったけれど、その蝶がどこに行ったのかわからなかった。
その時に何となく彼がいるのかな?と感じた私。
空に蜻蛉が飛んでいるのが見えたので、”ねぇ、もしそばにいるんだったら、あの木の枝に蜻蛉をとめてみてよ”なんて冗談半分に語りかけた。
すると、本当にその枝に蜻蛉がとまった。


偶然と言われればそれまでだけど、彼が見守っていてくれるような気がして嬉しかった。
”ありがとう”と最後にお墓に語りかけて、その場をあとにした。


彼がサインを出しているのかな?とわかることはあっても、彼が今何を思っているのか、何を語り掛けたいのか、までは感じ取ることはできない。
それがわかるようになればいいのにな。

2日間のお墓参り

昨日、今日と2日連続でお墓参りに行った。
昨日は祖母、今日は彼。


お墓参りを2日連続でしたせいか、過去のことを鮮明に思い出し、少し気分が堕ちた。
祖母のことも。彼のことも。
そしてやっぱり悔やむ。もうどうしようもないことだとわかっていても。
もっとこうすれば良かったんじゃないか、とかあの時祖母は、彼はどう思っていたのだろう、とか。
たられば論をしても仕方がないのにね。


結局、あの時の自分の知識と経験ではああするしかなかった、あれしかできなかった、と思い、無理やり自分を納得させている。


『故人のことを思い出すのは最初は辛いけれど、そのうちに優しい思い出に変わる。その人に関係のあることを見たり聞いたりすると、優しい気持ちになれる。その人が自分の傍にいるような気がして。』
ある本で読んだ言葉だ。
私はその境地には達していない。
そんな日がくるのかもわからない。



ちなみにこちらは曇りで、中秋の名月は見られなかった。

食欲と物欲

以前同志の方が、「ストレスなのか、寂しさを紛らわそうとするのか、ついついたくさん買い物をしてしまう」と話しておられた。


私は彼がいなくなって間もなくの頃で、その頃は全く物欲がなかったので、実はイマイチぴんときていなかった。

その頃はむしろ過食ぎみで、自分の食欲をどうにかしたいと思っていた。


そして今。

食欲はわりと落ち着いたが、今度は物欲の方が出てきてしまった。

同志の方と同じ様に、ついつい買いすぎてしまう。

最近やってしまったのが、コスメ系の買い物。

季節限定という言葉に負け、同じ様な品物を何種類も買ってしまったorz


多分、仕事のストレスが物欲となって表れてしまったんだろう。

やっぱりストレスって怖い。

にしても、彼がいなくなったストレスは食欲のおかしさで表れたのに、仕事のストレスは物欲のおかしさで表れるなんて、なんか不思議。

あの頃からみたら少し昇給して、金銭的な余裕も出てきたのも関係あるのか。

とりあえずきちんと貯金して、散財しないよう注意しなくては。