いつかあなたに逢いたい

2015年12月に6年付き合っていた最愛の彼を喪いました。
正直どう生きていったら良いのかわからないまま・・・今を過ごしています。

心の中で生きている?(2)

これは心の中で生きている・・とは少し話がずれるかもしれない。


私は彼のことを鮮明に覚えていると前の記事に書いた。

時に覚えていることでどん底に叩き落されるとこともある。


彼の手の感触とか、声とか、ぬくもりとか。

全部全部思い出すことができるのに、実際にそれを感じることはもうできない。

あまりにリアルに思い出すことができるから、まだ彼はこの世にいるんじゃないかと錯覚してしまうこともある。

彼の時間がもう止まっているなんて信じられない、そう思ってしまう。

でもその直後に「もう彼はいない」という現実に叩きのめされる。

会いたいのに会えない。

自分の中には彼はいるのに、この世にはもういない。

自分の中では「大切な人、最愛の人」なのに、世間的には「過去にいた人」で。

周りと自分とのギャップがありすぎる。

正直、つらい。


「心の中で生きている」事ほど残酷なことはないのかもしれない。

でも、彼の事は忘れたくない。絶対に。

その2つの思いに挟まれて、これからも苦しんでいくんだろう。

ブログを読んでくださっている皆様へ

おはようございます。いつも読んでくださって本当にありがとうございます。


このブログを開設してもう3ヶ月以上になります。

その中で、同じ痛みをもつ方と交流でき、私自身ずいぶんと力をいただきました。

コメントも本当にありがとうございます。


このブログはできるだけ毎日更新しようと考えていますが、時々都合でできないこともあります。コメントへの返信が遅れてしまうこともあります。

昨日も仕事から帰ってくるなり、ベッドへ倒れこみそのまま10時間睡眠をとってしまいました・・・

本当に申し訳ありません。

でも必ず眼は通していますし、返信も絶対にします。

懲りずに来てくださると嬉しいです。

もちろん、コメント欄もばんばん使ってください。


こんなズボラな私ですが、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。

同志の方々が、少しでも心穏やかに生活できることを祈っています。


ナナドゴブ

心の中で生きている?

彼がいなくなって、「死」に関するサイトを見て回っている時にこんな言葉があった。

「亡くなった人はあなたの心の中で生きている」

励ますための言葉なんだと思う。

この言葉を聞いて、正直うーん・・と思ってしまった。

多分私は捻くれているんだろう。


確かに私は今でも彼のことは鮮明に覚えている。姿も声も。

彼との思い出だって、たくさんたくさんある。

それが心の中で生きている、という状態なんだろうか。

そう言われればそうなのかもしれないけれど、いまいちピンとこない。

ただの綺麗事じゃないか、と思ってしまう。

私、性根が腐ってるな・・・


「生きている」とはこれからの時間も、一緒に過ごすことができることではないだろうかと個人的には思う。

私の心の中にいるのは過去の彼だ。

例えば何かあった時、彼ならこうするだろうとかこう答えるだろうとか推測はできたとしても、それはホントに彼が出した答えじゃない。

6年間付き合って、彼のことをかなり知れたとは思うけれど、全部ではない。

だから、もしかしたら想像と実際は全然違うかもしれない。


これからもっともっと知っていきたかった。彼のこと。

でももう、わからない。彼との思い出が増えることもない。

私にできることは過去を振り返って、忘れないようにすることだけ。

それがたまらなく寂しいし、悔しい。