いつかあなたに逢いたい

2015年12月に6年付き合っていた最愛の彼を喪いました。
正直どう生きていったら良いのかわからないまま・・・今を過ごしています。

納棺式

再び続き。あの時のこと。
やっぱりあの時のことを書くのはしんどい。
今日みたいな休みの日しか無理だな。
ここからはけっこう記憶がごちゃごちゃになっているので、多少おかしな所があってもスルーしてください。



斎場から実家に戻りしばらくぼけーっとしていた。
完全に思考がフリーズしていた。
そしてふっと思った。
手紙を書かなきゃ、と。
10年近く前、母方の祖母の納棺の時に、手紙を書いて入れたことを思い出したのだ。


彼に手紙を書く。
いつもは誕生日とかバレンタインとかクリスマスとかに書いていた。
心がわくわくするような時だけだった。
なのに何で私は今、お別れの手紙を書いているんだろう。
そんなことを思っていた。
内容は今となっては全部は覚えてないけれど、彼が大好きだということとまた会いたいということを書いたように思う。
便箋3枚程度だったけど、泣きながらだったので書き上げるのに1時間以上かかった。


それでも何とか手紙を書き上げ、喪服に着替える。
納棺式は17時から。
何とかそれには間に合った。


斎場に着くともう彼のご家族は揃っていた。
「ナナドゴブさん、来てくださったんですね。今から納棺ですから。」と言われ、私もご家族と並んで彼を見ていた。
納棺師の方が来られテキパキと、でも丁寧に化粧を直してくださった。
そして納棺。
納棺師の方と彼のお父さん、お義兄さんが彼の下に敷いてあったシーツごと彼を持ち上げ、納棺する。
その時、シーツがピリピリ・・と音を立てた。
私は”あぁ、やっぱり・・彼は適正体重より重いから。大丈夫だよね。シーツが破れて彼が落ちたりしないよね・・”なんてハラハラしながら見ていた。
だから痩せろって言ってたのに!なんて見当違いなことを思ったりもしていた。


それでも何とか納棺でき、その上から更に死装束が彼の上にのせられる。
それは・・怖ろしいほど彼に似合っていなかった。
当然だ。だって彼はまだ29歳。本来はそんなものを着る年齢じゃない。
死装束なんかじゃなくて、隣でタキシードを着ている姿が見たかったよ。


その後も納棺師の方は棺にいろいろなものを入れていく。
私の手紙もこの時に渡した。
彼の着物の袂に入れてもらった。
この手紙を彼が読んでくれたのか、そしてどう思ったのかは今でもわからないし、これからもずっとわからないだろう。


いよいよ、棺の蓋を閉める時が来た。
「これからお顔を見られたい時は、この小窓を開けてください。」と納棺師の方が説明された声が何故か印象に残っている。
完全に蓋を閉める前に、その場にいた全員で棺を取り囲んだ。
そして彼の顔を、全身を見る。
私は・・何も声をかけられなかった。
ただただ無心に彼を見ていた。そして記憶してた。
彼の最期の顔を。絶対に忘れないように。
その時、「〇〇っ・・・!」と彼を呼ぶ声が聞こえた。
彼のお父さんだ。表情はものすごく悲痛なものだった。
声も、愛しさ、悲しさ、苦しさ・・彼への思いが全て詰まっているような、何とも形容しがたい声だった。
私は子どもをもったことはないが、子どもに先立たれるのは言葉では言い表せないほどの悲しみ、苦しみ、やりきれなさがあるに違いない。
彼のお父さんも、あの時彼への思いが溢れたんだろう。
あの声は今でも覚えている。忘れたくとも忘れられない。


棺の蓋が閉められ、祭壇の前に運ばれた。
お通夜の時間まで、まだもう少しだけ時間があった。

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