いつかあなたに逢いたい

2015年12月に6年付き合っていた最愛の彼を喪いました。
正直どう生きていったら良いのかわからないまま・・・今を過ごしています。

究極の現実逃避

彼がいなくなって1年が経とうという頃。
2016年の11月7日。
私はこの世からいなくなれると信じていた。
理由は「夢で見たから」
今となって考えるとものすごく馬鹿馬鹿しい。
でも当時の自分は本気で信じていた。
だからこそ、11月8日が来た時は本気で残念だった。
気分の堕ちこみがしばらく続いた。


この感覚と似たようなものが、実は先月にもあった。
自分は3月31日でいなくなるんじゃないか、と何故か思っていた。
今回は夢でみたからではなく「ただ何となく」
ますます馬鹿馬鹿しい。
現に私は今もこちらの世界にいる。
ただ、前の時ほど堕ちこんでいない。
あぁ、やっぱりかっていう諦めの気持ちはあるけれど。


自分がいなくなったとしたら・・悲しくはない。
ただ申し訳ないなとは思う。
家族とか友人とか同志の方とか職場の方に対して。
確実に迷惑はかけるし。


それにしても・・
何でたびたび自分はこんなことを思ってしまうんだろう。
「自分がいなくなるかも」って。
ずっと不思議だったけれど、最近こう結論づけた。
「生きるための究極の現実逃避」だと。


2016年の11月。彼の一周忌が近づいていた頃。
そして今年の3月。仕事が忙しすぎて残業ばかりしていた。
どちらもかなりストレスフルだった時期だ。
自分なりに期限を決めないとやってられなかったんだろう。
”大丈夫、ここまでやったら解放される。彼が迎えに来てくれる”
そう思わないとやってられない状況まで追い込まれていたんだろう。
身体も心ももたなかったんだろう。
そんな潜在的な思いが「〇〇日に自分はいなくなる」という思い込みに繋がった。
今、私はそう解釈している。
こうふり返ってみると、相当病んでるね、自分は。
次にこう思ってしまったときはしっかり休まないと。


しかし皮肉なものだね。
普段いなくなってもいいと思っているのに、生きるために自己防衛するなんて。
しかもそれが自分の死を考えることだからね。

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