いつかあなたに逢いたい

2015年12月に6年付き合っていた最愛の彼を喪いました。
正直どう生きていったら良いのかわからないまま・・・今を過ごしています。

”素直な自分”を演じる

”素直な子に育ってほしい”
両親は私が生まれた時こう願ったそうだ。
子どもの頃は両親の願いが半分叶ったのか、ものすごく馬鹿単純な子どもだったと思う。
いや”単純”と”素直”は違うか。
ある程度成長してからも、最大限いい意味で言えば「素直」、傍からみたら「世間知らず」な人間だったと思う。


彼と付き合っていた時は・・どうだったかな。
でも「ナナドゴブはすぐ表情に出るからわかりやすいよねーw」とは彼に言われたことがある。
まぁ私も彼の表情はすぐに読み取れたからお互い様かな。
やっぱり大好きだと表情とか、ちょっとした変化もわかる様になるよね。
相手のこと、よく見ているし。
私も彼の前では素直な自分を出せていた。
私のいい部分、悪い部分を彼は一番良く知っていたと思う。
下手したら私以上に。
そしてそれをひっくるめて愛してくれていた(と思いたい)


彼がいなくなる=素直な自分を出せる人がいなくなったということ。
だから私は演技がかなり上手くなった。
自分の本心をしっかり押し殺せるようになった。
というか自分の本心に素直に従っていたら、生活が成り立たなくなってしまう。
もちろんいなくなった直後は泣き喚いたし、押さえ込むまで時間はかかったけれど。
両親は数ヶ月たった頃、私がけっこういつも通りに振舞っていたから、ある程度立ち直ったと思ったそうだ。多分今も思ってる。
兄弟からそれを聞いた時、”そんなわけないじゃない!今も悲しいに決まってるじゃん”とは思わず”よっしゃ、自分はちゃんといつも通りに振る舞えてる。完璧に演技できてる。自分って偉い!”と思った私も相当病んでいると思う。


でもこれでいいんだと思う。
多分両親が私の本心をみたら、ドン引きどころか卒倒するだろう。
そしてあれやこれや世話を焼こうとしたり、心配したりするだろう。
それで立ち直れるわけじゃないのに。
そもそも両親は2人とも健在だ。一応今のところ大きな病気もない。
最愛の人を喪うかもしれない恐怖なんて知らないし、喪った悲しみなんてもちろんわからない。というか、まだ知るべきじゃない。
わかってほしいと思うこと自体、おこがましいだろう。
私の本心なんて知らなくていい。気づかなくていい。
心配をかけて心労を増やしたくないとも思うし、あれこれ干渉されたくないという私の思いもある。


だから私は”素直な自分”を演じ続ける。
でももう二度と本当に素直にはなれないな。
親不孝な娘でごめんよ。

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