いつかあなたに逢いたい

2015年12月に6年付き合っていた最愛の彼を喪いました。
正直どう生きていったら良いのかわからないまま・・・今を過ごしています。

寄り添えていたのか

夢を見た。
彼が出てきた夢じゃない。
私自身が、彼と同じように脊髄を損傷し、車椅子で生活している夢。


夢の中の私は彼ほど障害は重くなく、少しだが片脚も動かせた(という設定)。
それでも車椅子生活は相当不便だった。
坂道を登るために必死に車椅子を漕いでいた。
普段何気なく行っていた場所に全く行けなくなった。
自分の身体が思ったとおりに動かないことに、ものすごくもどかしさを感じた。
悔しかった。


ちなみに夢の中で、私はもう一度大学受験をしていた。
今までしていた仕事ができなくなったから、違う資格を取得する、という名目で。
なのに受験当日、いく道を間違えて、でも車椅子でそう簡単には戻れなくて焦っていて・・・というところで目が覚めた。



この夢はどういう意味だったんだろう。
彼がしていた苦労を、少しは体験できたのだろうか。
もちろん夢の中で私が感じた苦労なんて、実際の彼の苦労からみたら全然たいしたことはないだろう。
でも、実際に自分がその立場になってみて、初めて実感した。
こんなに大変なんだと、身をもって知った。
知識として”大変なんだ”とわかっているのとは全然違う。
実際体験すると、大変という思いのほかに悔しさとか何で自分が・・とかいろいろな感情がついてくるのを知った。
彼もこんな思いを抱えていたんだろうか。


私は・・彼の気持ちに一体どれだけ寄り添えていただろう。
彼の気持ちをほとんど理解できていなかったかもしれない。
彼の苦労すら知らず、平気で無茶な要求をしていたかもしれない。
それが結果的に彼の寿命を縮めてしまったのかもしれない。
それだけが原因・・とは言わないけれど。
そんな思いが再燃した。

29歳になった

昨日、誕生日だった。
ついに、彼と同い年。
一昨年、昨年よりはずっと穏やかな気持ちで迎えられたと思う。


そしてたくさんのお祝いの言葉や贈り物をいただいた。
感謝しかなかった。
本当に私は周りの人に恵まれている。


彼が3ヶ月しか生きられなかった29歳という年。
どんな年になるかわからないけれど、周りの人に感謝しながら精一杯過ごしたいと考えている。

心が折れかけた

※ただの愚痴です。自分の甘えなのは承知のうえです



何なんだろう。
患者さんの数はそんなに前と比べて増えていないのに、仕事量が前より格段に増えている気がする。
それだけ病気とか、社会背景とか、複雑な患者さんが増えたんだろうと思うけれども。
それでもやっぱりしんどい。
一人一人を時間を割いてこなしていると、どうしても残業になってしまう。
それはまぁ、まだいいのだけれども。


19時半。記録を書いていると上司に声をかけられた。
10月にある学会で、パネル発表と公衆の面前でディスカッションをやらないか・・と。
しかもディスカッションの時間が60分って。
長すぎだわ。


その学会まであと3ヶ月ないよね。
それまで資料を作って発表の練習をしろと?
いや、それだけならまだできる。
ただディスカッションするってことは、そのテーマに関してそれなりの知識を蓄えないといけない。
平日はとてもそんな暇はないから、休日に勉強しないといけない。
というより、その学会の前に手話検定もあるし。


今でさえ、いっぱいいっぱいなのに。
まだやれってか。
まだ頑張れってか。


どこまで頑張れば終わりが見える?
そもそも終わりなんてある?
頑張れば頑張るほど更にやることが増えるだけじゃないか。


それなら最初からやれるふりなんてしなければ良かった。
さっさと「もう無理です」って言っておけば良かった。
いい人になんかなるんじゃなかった。
そんな思いすらよぎってしまった。


久しぶりに遅くにアパートに帰った後、声を上げて泣いた。
自分なりに頑張ってるけどまだ頑張らなくちゃいけないのかって思いと、そんなことを思ってしまう自分に嫌悪して。


自分のキャパシティはどうしてこんなに狭いのだろうか。
本当、甘えもほどほどにしないと。