いつかあなたに逢いたい

2015年12月に6年付き合っていた最愛の彼を喪いました。
正直どう生きていったら良いのかわからないまま・・・今を過ごしています。

過去にするんじゃなくて

※非常にわかりにくい内容になるかもしれません。
私の語彙力と文章の構成で、言いたいことが伝わるかわかりませんが、やってみます。



彼がいなくなってから1年と8ヶ月。
時間は過ぎていって、私自身死別直後から多少の変化はあるけれど、基本的にネガティブ思考なのは変わっていない。
このままじゃいけないと思うことはあったけれど、基本前を向くことは考えていなかったと思う。
前向きになることを拒否していたのは「彼のこと過去にしたくないから」という自分なりの理由があった。


彼と過ごした時間がどんどん遠ざかっていくのは仕方ないにしても。
彼は私にとって今でも最愛の、大切な人。
今でも話したいと思うし一緒にいたいと思う。
彼に関する記憶、想い出、そして彼を喪ったことで今も感じている悲しみや怒り、苦しみ、寂しさ。
全部ひっくるめて私の中に留めておきたかった。
それらが色褪せていくのが怖い。
以前も記憶が薄れていくのが怖いと書いた。
そうなった時、彼は本当に遠いところに行ってしまう、私との見えない繋がりも切れてしまうと、そんな風に思っていた。
ある種脅迫観念か。


死別を乗り越える、とか前向きに生きること、とかができるようになる時、それは彼との出来事が完全に自分の中で過去になる時だと思っていた。
あの時は楽しかったね、ありがとうね、と自分の中で踏ん切りをつけて生きていく。
そして他の思い出と同じように、自分の後ろにそれらを置いて、たまに思い出す。
そうなってしまうことがたまらなく嫌だし、今もそう。
前を向くことは彼を過去に置き去りにするようで、嫌だった。
周りの人にとって彼が過去の人でも、自分の中だけでも彼を生かしてあげたかった。
例え自分のエゴだとしても。


でも。そうじゃなくて。
彼のことを過去にしないで、隣に置いたまま一緒に進んでいく方法。
彼への想いを大切にしながら、自分を幸せにする方法。
そんなのもあるんじゃないかって話を昨日、同志さんとした。
「彼のことを思い出した時、悲しいのは仕方がない。会いたくて会いたくてたまらないし、迎えに来てほしいとも思っている。でもそれとは別に楽しいことは楽しむし、幸せになってやろうとも思っている。どちらかを消すんじゃなくて、どちらとも並行していく感じかな」
そう、同志さんは話しておられた。
そう話す同志さんは本当に素敵だったし、格好良かった。
こうやって生きていくことができれば、私自身今より苦痛が減るんじゃないかと思う。


ただ、私自身がこのように生きていけるかどうかはわからない。
自分自身、迷っている部分もある。これでいいのか。
性格上、またネガティブな方向に突っ走りそうだし逆戻りもするだろう。
実際、今の想いだけで結構いっぱいいっぱいなのに、並行していくなんて無理なんじゃないか、って思っている自分もいる。
自分の心のキャパももっともっと広げていかなくちゃいけないだろう。
でも。それでも。
同志さんと同じように考えられて生きていけたらって思ったのは、そうおっしゃっている同志さんがすごく魅力的だったからだ。
私も同じようになれたら、彼からみても魅力的になるんじゃないかってそう思ったから。
だったら試してみようとは思う。
時間はめちゃくちゃかかるだろうけど。結局はできないかもしれないけれど。
彼から見て、最高の女性になりたいから。



拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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