自分の中でのケジメ、一区切り
このブログを始めてしばらくした頃。
いずれはブログを一区切りしなくてはいけないとは思っていた。
それは私が立ち直った時かな、となんとなく漠然と考えていた。
でもしばらく、彼がいない中過ごしてみて。
立ち直るなんて無理だと思うようになった。
この痛みは癒えることはあるのかもしれないが、完全に消えることはないと。
立ち直るのではなく、この痛みを抱えて生きていけるようになったら、と考えてはいたのだけれど。
多分、私の性格上それに甘えてズルズルと引き延ばしてしまいそうだった。
その時ふっと彼の言葉を思い出した。
「ナナドゴブはたまに俺を弟のように扱うけど、俺の方が年上だもんね~。そしてその差は絶対縮まらないからね~!」
彼は私より肉体的にも、精神的にも年上であることを願っているみたいだった。
だから。
彼より長い時間を生きたのだとしたら。
それはもう、私はまだこの世界で生きていけということなんだ、と勝手に解釈することにした。
2018年10月29日。
私が彼の生きていた時間に並ぶ日。
この日を過ぎても私がいるのなら、ブログを一区切りつけようと、もうずっと前から決めていた。
皮肉にもこの10月29日は、最後に彼と外でデートした日。私を看取ってくれると約束した日。
偶然とはいえ、何かあるのかな・・と考えてしまう。
そして今、私は生きている。
29年と3ヶ月と4日目。
この世にいる時間は彼を追い越してしまった。
なのでとりあえず今月いっぱいで、一区切りをつけようと思う。
ブログを始めてから約2年と10ヶ月。
たくさんの自分の感情と向き合ってきた。
彼との想い出とも。
自分自身、このままでいいと口では言いながら、内心変化しない自分に焦りを感じていた部分があった。
でも振り返ってみると、彼がいなくなった直後と今では自分もだいぶ変わった。
ノロいスピードだけど、気づかないうちに自分の時間が進んだのだろう。
前はそれに抗おうとしていたけれど、今は少しずつ受け入れている自分がいる。
これもある意味"時薬"なのだろうか。
彼との記憶を"優しい想い出"とするのは、多分まだ時間がかかる。
まだ傷は塞がっていないし、立ち止まったり蹲ったりすることもあるだろう。
それでも何とか歩んでいきたい。
彼が好きになってくれた自分で。
今の自分を造り上げたのは、彼との時間と彼がいなくなった後の自分の踏ん張り。
そう思って、それを自分の一部として認められるようになったらいいな。